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【まとめ】小林可夢偉、F1シートを奪われてから奪い返すまで

2014年01月21日(火)20:47 pm

小林可夢偉がケータハムからF1に復帰が決定した。
F1シートを奪われてから奪い返すまでを一部追記し、あらためてまとめたので振り返ってみよう。

■2012年は大活躍するも、F1シートを奪われる。
2012年F1日本GPで初の3位表彰台を獲得し、世界中のファンを熱くさせた可夢偉だったが、スポンサー不足により翌年のF1シートを奪われた。

■募金を集めるもシート獲得ならず。
2013年のF1シートを奪われた後に、F1残留のために募金を開始。プロアスリートが参戦費用のための募金を1億円以上集めたとあって、日本中が注目した。
しかし、可夢偉が希望していた「勝てるチーム」のシートは獲得できなかった。
下位チームやテストドライバー、リザーブドライバーの選択肢もあったが、可夢偉はF1の第一線から退き、別のカテゴリーで参戦をしながら、2014年のF1復帰を狙う戦略へと切り替えた。
しかし、一度F1の舞台から姿を消すとよほどのスポンサーマネーがなければ現役復帰は非常に厳しくなる、という見方が大勢を占めていた。

■2013年はフェラーリと契約、WECに参戦。
フェラーリと契約し、慣れないGTカーでのWEC(世界耐久選手権)やル・マン参戦となったが、何度か表彰台を獲得し、所属するチームはGT部門で総合優勝、可夢偉が乗るマシンは年間5位だった。

■2014年ストーブリーグには名前が挙がらず。
2013年の夏休み以降、2014年のシート争いが本格的に始まっても、海外メディアから「カムイ コバヤシ」の名前はほとんど聞こえてこないままで、可夢偉が狙っていたであろう勝てるチームのシートは次々と決まっていき、日本のファンはヤキモキしていた。

■2013/11/2 六本木でフライデーに撮られたことが発覚
2013年F1日本GP後には、六本木で美女とキス、歩きタバコ姿をフライデーに撮られるなど、ファンが期待していた報道ではない形で目立ってしまい、がっかりしたファンは多かったことだろう。

翌日、可夢偉はツイッターで次のように謝罪した。
「この度は本当に申し訳ありませんでした。スポーツマンとしての意識を改め、レース結果でもう一度皆様に応援して頂けるように頑張ります」

■2013/12/20 ケータハムのファクトリーで目撃され、F1シート争いに加わる。
12月、F1シートも残りわずかとなったところで、ようやく「可夢偉がケータハムのファクトリーで目撃」されたことで、再び海外メディアでも可夢偉の名前が登場し、F1復帰の可能性が見えてきた。勝負は、募金とスポンサーマネー、そして経験値だ。

■2013/12/29 F1復帰を願い、オーロラへ祈りに。
可夢偉のF1復帰は、クリスマスを過ぎても発表はされなかった。
そんな中、可夢偉は年末年始に突然思い立ち、"オーロラへ一人で祈り"に行っている。
その祈りとは、やはり、F1復帰だったのだろう。

■2014/1/10 この時点ですでにサイン済か?ツイッターで「番号選び」を明かす
可夢偉はツイッターで次のようにつぶやいていた。
「あかん。 起きてネット見てみたら番号選びに出遅れてる事に気づいた。 僕の中のリトル小林に聞いてみたいと思います。W」
すでにこの日にはサインを済ませていたのかもしれない。この「番号選び」とは、2014年から始まるF1固定ナンバーを指していると思われ、自分のカーナンバーの「番号選び」についてのつぶやきと思われる。

■2014/1/20 ケータハムと契約済みとの報道。
イタリアのオートスプリントによると、すでに契約は済ませたようだ。
正式発表は、ケータハム新車発表時の28日と見られている。

■2014/1/21 ケータハムが正式発表
報道が出た翌日、最後の2シートを残していたケータハムが正式発表した。小林可夢偉の復帰決定だ。チームメートは、2013年にF1のひとつ下のカテゴリー、GP2で年間6位だったマーカス・エリクソンだ。

可夢偉はツイッターで次のようにツイートしている。
「とりあえずお待たせしました!これから色々と報告して行きますので! とりあえず本当にありがとうございました! よっしゃ!やるぞ?!」

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