2019年はホンダF1にとって飛躍の年となった。今シーズンの戦いを田辺豊治(ホンダF1テクニカルディレクター)がホンダF1サイトの特集「Behind the Scenes -ピット裏から見る景色」で振り返っている。
■2チーム同等の供給体制
2015年から2018年まで1チームへの供給を続けてきたホンダF1だが、2019年はトロロッソに加えてレッドブルにも供給することで2チーム供給となり体制を整える必要があった。
栃木県にある本拠地Sakuraやミルトン・キーンズのスタッフがトレーニングを重ね、2018年までのメンバーと新たにトラックサイドに加わるメンバーをバランス良く配置したが、2チームそれぞれに仕事の進め方が異なり、「新鮮で新しい経験」があったようだ。
■テクニカルディレクターの仕事とは?
田辺テクニカルディレクターの役割は「現場監督」ということで、レッドブルとトロロッソのガレージ間を走り回っていたという。
開発はSakuraやミルトン・キーンズのファクトリーで行い、それを「壊すことなく最適かつ最大限のパフォーマンスを引き出して使用する」ことが田辺TDの仕事だという。
ファクトリーではパフォーマンスの向上を、サーキット側では「予選、レースのコンディションに合わせた最適な運用をすることでPUの力を出し切る」という役割分担があるといい、「ファクトリーにいる仲間たちの仕事を信頼していますし、いつも一人じゃない」、ファクトリーの仲間の「努力に応えるだけの仕事をしなければ」
という想いを持ちながら仕事をしているという。
■苦しかった序盤戦
2019年のF1開幕戦オーストラリアGPではいきなり3位表彰台を獲得したが、「まずはホッとした・・・」という感覚だったという。
その後はメルセデス、フェラーリとの実力差が明らかなレースが続いたものの、第5戦スペインGPでは再び3位表彰台を獲得。しかし第8戦フランスGPでPUの「スペック3」を入れるまでは苦しいレースが続いた。
そのスペック3を入れた後の第9戦オーストリアGPは、レッドブルの本拠地でマックス・フェルスタッペンがシャルル・ルクレール(フェラーリ)をコース上でオーバーテイクして勝利、ホンダはF1復帰以来の初優勝を飾った。この時は「そうそう簡単に言葉では表せない気持ち」だったそうで「特別で、忘れられないレース」になったという。
After a fierce fight, this is how @Max33Verstappen took the lead from Charles Leclerc
The incident is under investigation, with both drivers summoned to the stewards#AustrianGP #F1 pic.twitter.com/lju989gxFN
— Formula 1 (@F1) June 30, 2019
そしてその表彰台では“急遽”登壇するというサプライズがあった。レッドブルのヘルムート・マルコ博士に「タナベサン、表彰台に行くぞ」と言われて一緒に向かったものの、自分が表彰台に登るとは思っていなかったそうで、表彰台を下から眺めていると「何やってるんだ、ここじゃないぞ」と言われて、ようやく事態を把握したそうだ。
さらにFIAのスタッフもまさかレッドブル以外の人物が登壇すると思っておらず、表彰台の裏で待たされたため、国歌演奏後に「ポディウムに遅刻」して上がったという。「遅刻」してしまったためにマックス・フェルスタッペンがホンダの「H」マークを指差していたシーンを直接見ることはできなかったものの、あのシーンをあとで写真で見て「今後に向けてさらなる闘志を掻き立てられた」という。
優勝した瞬間は「とてもうれしかった」というが、「表彰台に登るとわかったときからその喜びは消え失せ、一瞬にして緊張感の塊へ」と変わり、初の表彰台から下にいるホンダやレッドブルのメンバーを見た時は「一気に喜びがこみ上げてきた」そうだ。
初めての表彰台からの景色を「あの瞬間、そしてあの光景は一生忘れられないですね」と述べている。
■ダブル表彰台と初ポールポジション獲得
雨まじりの難しいコンディションで行われた第11戦ドイツGPでは、優勝を含むダブル表彰台を獲得した。
さらに続く第12戦ハンガリーGPでは初のポールポジションも獲得している。この予選最速タイムというのは「純粋に速さの証明」になり、ホンダにとっても「勝利とはまた違った特別な意味」を持っているという。その後、メキシコ、ブラジルと予選で計3回のポールポジションを獲得しており、「着実な進歩を証明」できたと感じているようだ。
一方、夏休み明けの第13戦ベルギーGPからスペック4を投入したものの、ライバルも向上したことで苦戦。ホンダのホームである鈴鹿(F1日本GP)では結果を出すことができず、来年に向けた宿題としている。
■ハイライトは創業者の誕生日にセナの母国で1-2フィニッシュ
最後のハイライトとして田辺TDが挙げたのは、やはり「第20戦ブラジルGPでの1-2フィニッシュ」だ。この勝利をマックス・フェルスタッペンの「素晴らしいドライビングとマシンの速さ、そしてチームの的確な戦略が組み合わさった完璧なレース」と評している。
そしてピエール・ガスリー(トロロッソ・ホンダ)の2位表彰台により、ホンダは「1991年以来28年ぶりの1-2フィニッシュ」を飾った。しかも王者ルイス・ハミルトン(メルセデス)に「競り勝ってフィニッシュラインを超えたシーンには本当に興奮」したそうで、「メンバーと一緒にあの後何度もそのシーンを見返して」、「痺れたシーン」だったという。ホンダのPUがメルセデスに勝った、と誰もが素直に言えるそんなシーンだった。
Who would've predicted THIS drag race before the race?!#BrazilGP #F1 pic.twitter.com/slz2SdEcxt
— Formula 1 (@F1) November 17, 2019
そしてこの決勝日がホンダ創業者・本田宗一郎さんの誕生日だったこと、さらにホンダの黄金期を築いたアイルトン・セナの母国だったということも、感慨深いレースになったようで、レース前の水曜日とレース後の月曜日にセナのお墓に足を運び「表彰台の写真とともにお礼を伝えた」という。
田辺TDはホンダ第二期の時代にエンジニアとして参画していたため何度か1-2フィニッシュを経験しているものの、テクニカルディレクターに就いてからの1-2は異なる感情があったようで「天国にいる2人が特別な力を与えてくれたかのような、ドラマチックなレース」と表現している。
ホンダは1年前まではポイントを獲得できるかどうかという争いをしていたが2019年は大躍進を遂げ、最終戦アブダビGPでは「2位で悔しい」と感じていたそうだ。しかし、その「悔しさがもっと上に行きたいというモチベーションを与えてくれる」といい、この気持ちも「レースに挑戦する面白さ」だという。