悪名高い「クラッシュゲート」でF1を去ったネルソン・ピケJr.は、F1復帰を望まなかったと語った。
2008年のシンガポールGPで、当時ルノーに所属していたピケJr.は、クラッシュでリタイアした。ところが翌年に、実はフェルナンド・アロンソ(現マクラーレン)を優勝させるためにチームから故意にクラッシュするよう指示されていたことを暴露。責任者のフラビオ・ブリアトーレとパット・シモンズは、F1からの追放処分を受けた。
その後、シモンズは2013年からウィリアムズの最高技術責任者となり、チーム復活の立役者と評価されている。ブリアトーレについても、F1の運営にかかわる職に就くのではないかといううわさが絶えない。だが、ピケJr.はF1との関係を絶っている。
■トロロッソで走ることもできたとピケJr.
29歳になり、フォーミュラEの初代チャンピオンに輝いたピケJr.が、ブラジルの『Grande Premio(グランジ・プレミオ)』のインタビューでこの質問に答えた。
「違いは、向こうに残らなかったことだ。僕はすぐ向こうを離れて、アメリカに行った点が違う」
「次の年にトロロッソでレースしたいと思えばできただろう。でも僕は、そうしないことを選んだ」
クラッシュゲートはメディアによって誇張されたとピケJr.は話す。
「あれは強制的にさせられたことだった。でも、ジャーナリストがとてつもなく大きな話にしてしまったんだ」
「その理由は知らない。でも、僕はチャンピオンになったし、NASCARで優勝し、ラリークロスでも初シーズンでトップを走った」
「心の狭い人たちは、いまだにあの話をするよ。でも、僕が今成功しているのは、クルマが同等で、全員にとって初めてのコース、コンディションも同じだからだ」
「そういう状況に置かれれば、僕はうまくやれる。間違いない。当然、F1ではちょっと違った。僕はアロンソと一緒だったからね。彼がどれほど優秀かは言葉に表せないよ。それに、プレッシャーもあった」
また、現在のF1で走るには、実力より資金が必要だとピケJr.は言う。
「もし500万~1000万ドル(約6億~12億円)自由になれば、扉は大きく開くだろう」
「今では、F1に行く上で、どんな人物かは重要じゃない。小切手がなければだめなんだ」