フィンランド出身の元F1ドライバーであるミカ・ハッキネンが、今年引退することになった同郷のキミ・ライコネン(アルファロメオ)を賞賛した。
世界中に非常の多くのファンを持つ2007年のF1チャンピオンであるライコネンがついに2021年シーズン限りでF1から引退することを発表した。10月には42歳となるライコネンだが、今年予定通り22戦が開催されることになれば、最終戦を終えた時点でF1通算351戦という前人未踏の出走記録を打ち立てることになる。
1998年と1999年に2年連続でF1チャンピオンとなった実績を持つ52歳のハッキネンは母国フィンランドのメディアに「長い間F1を走り続けてきたキミのエネルギーと強さを賞賛するよ」と語り、次のように続けた。
「世界中を旅して、公式行事などでさまざまな役割を演じるには、本当に全身全霊を尽くす必要があるんだ」
「勝ってシャンパンファイトをすることだけではなく、常に戦いながら、問題を解決していくことが大切なんだ。なぜ負けたのか、何が問題なのか、どうやって解決するのか、をね」
「キミがこれほど長く続けてきたという事実は、理解できないほどだよ。私は本当に尊敬している」
「私はいくつかの理由から、比較的若いうちにやめてしまったけれど、その一つが1995年の大事故だったんだ」
ハッキネンが言及した1995年の事故とは、アデレードで行われた最終戦オーストラリアGPの予選で起きた事故のことだ。タイヤのパンクによりコントロールを失ったハッキネンは高速でコンクリートウォールに激突。瀕死の重傷を負ったハッキネンはその後1か月半にわたる入院生活を余儀なくされたという経験を持っている。
ハッキネンは、その事故のことを振り返りながら次のように続けた。
「僕はそのときF1には危険がつきものだということを理解したよ。これは危険なスポーツなんだ」
「それ以外にも無傷で済んだ事故も何度かあった。そして2回チャンピオンになった。だけど、成功を収めた後、もうこのスポーツのために命を懸けることはしたくないという結論に達したんだ」
ハッキネンは2001年シーズンを最後にF1を去っている。そしてその2001年にザウバーでF1デビューを飾ったのがライコネンであり、翌2002年はライコネンの後任としてマクラーレンに移籍したという経緯がある。
今から20年前に1シーズンだけライコネンと同じ舞台で戦ったことがあるハッキネンだが、現在のF1のリスクレベルはその当時とはかなり違ってきていると感じているようだ。
「現在の安全性は本当に高いレベルにあるよ」
そう語ったハッキネンは先週末にスパ・フランコルシャンで行われたベルギーGP予選で大クラッシュを演じたランド・ノリス(マクラーレン)に言及しながら次のように付け加えた。
「ランド・ノリスのスパでの事故は、このスポーツの安全性のために膨大なことが成し遂げられてきたのを示すものだったよ」
2010年と2011年はF1から離れてラリーなどに参戦していたライコネンだが、その2年を差し引いても通算19年をF1で過ごしたことになる。
新型コロナウイルスの影響によって今シーズンのF1が実際にあと何レース行われることになるのかはまだ不透明な状況にあり、ライコネンが最終的に出走記録をいくつまで伸ばすことになるのかは分からない。しかし、それが何レースであれ、ライコネンがそのF1キャリアを無事に終えることを祈りたいものだ。