ロン・デニス「セナは揺れ動いていた」
1994年のF1サンマリノGPにおいて3度F1チャンピオンに輝いた伝説的ドライバーのアイルトン・セナが亡くなってから、今年の5月1日（木）でちょうど20年を迎えた。
セナは1988年から1993年まで在籍したマクラーレンで合計35勝をあげるとともに、3度のF1タイトルを獲得している。そのセナの栄光の歴史をともに築き上げてきたマクラーレンの当時のチーム代表ロン・デニス（現マクラーレン・グループ最高経営責任者）が、セナとの思い出を語った。
＜ロン・デニスがアイルトン・セナとの思い出を語る（2）＞
■セナとの一番大切な思い出について
デニス：あるとき、彼が私に封筒を差し出したんだ。それはまだ自宅にとってあるがね。彼は自分専用の文房具を使っていて、そこには自分のヘルメットが描かれていた。すでに封筒は開封されているが、彼が私にそれを渡したときには1万ドル（現在のレートで約100万円）が入っていたよ。
デニス：それはメキシコで私が皿いっぱいのチリを食べられるかどうかという賭けをしたときの支払いだったんだ。彼がその賭けを撤回する前に、私はチリをガツガツと平らげてしまっていたんだよ。
デニス：彼が賭けに負けたのはあれが4回目だったかな。しかもかなりの大金をね。彼が私に金の入った封筒を渡しながら、もう二度と賭けはしないと言っていたのを思い出すよ。彼を賭けに誘い込んだのは私だったんだが、あまりいいことではなかったね。
デニス：あれはいい思い出だよ。なぜならアイルトンの顔にほほ笑みを浮かばせることは簡単なことではなかったからね。だが、彼に金を払わせることはもっと難しかったよ。
■1990年の鈴鹿でセナがプロストにぶつかってF1タイトル獲得を決定づけた事件について
デニス：（路面についた）すべてのタイヤ跡を見て回ったことを覚えている。ブレーキ時やアクセルペダルを踏んだときのね。そして、何が起こったかを理解するのにアインシュタインほどの頭脳は必要としなかったよ。
デニス：彼（セナ）がガレージに戻ってきたとき、私は彼に失望したと伝えたんだ。彼もその意味が分かり、それ以上何も言わなかった。あれは彼がレースで自分の弱さを見せた数少ない場面のひとつだったね。彼があの行為に満足していたとは思っていないよ。
■セナのマクラーレンでの最後のシーズンとなった1993年について
デニス：1年が始まるころ、私は彼にブラジルから出てこさせようとしていたんだ。金のことなど心配するな、とにかく来てクルマを試してみろ、と言ってね。彼は『フォードエンジンでは勝てるわけがないし、運転する気はない』と言っていたよ。それから、私たちの会話は行ったり来たりの繰り返しだった。
デニス：最終的に、彼はシルバーストンにやってきてクルマに乗り込み、一度アタックラップを行った。そして彼はピットへと戻ってきた。彼がシートベルトをはずしてクルマから飛び降りたときには、私はちょうと無線にプラグを差し込もうとしていたときだった。
デニス：何が起こったのか不思議に思った私はモーターホームへと入っていった。そうしたら彼が言ったんだ。『分かった。このエンジンは素晴らしいよ。スロットルを開けるとどんどん回転が上がり続けるんだ。これで勝てるよ！』とね。
デニス：あのときのクルマは疑いなく、それまでで最高の部類に入るものだった。驚くべきものだったし、賢いクルマだった。どこでギアを変えるべきかが分かるし、すべてのコーナーで8回もサスペンションをリセットすることができたんだ。アイルトンは、その新しいオモチャに大喜びだったよ。あのクルマは彼の強みを発揮させた。彼はすべてのデータを入念に調べ上げ、クルマを最適化していたよ。
■セナの最高のレースだったと評される1993年のヨーロッパGPについて
デニス：あれはチームとしてもそれまでで最高のレースだった。もちろんアイルトンの功績は大きいが、チームもすべてをうまくこなしたよ。ほかのチームが失敗する中、われわれはすべてのピットストップのタイミングを的確に判断していた。だから、われわれがうまくピットストップを行い、ほかのチームがそれに失敗するたびに、われわれはさらにリードを広げることができていた。
■セナとマクラーレンの最後のレースについて
デニス：最後のレース（1993年の最終戦オーストラリアGP）を迎えたとき、私は我々がお互いに少し息抜きをすることが必要だと思った。私たちの関係は非常に張りつめたものになっていたからね。
デニス：あのときチームのみんなはすべて感情的になっていた。私は彼らに言ったんだ。『私は彼にここにとどまらせようとしているんだ。だから、頼むからおとなしくしてくれ』とね。
デニス：彼は揺れ動いていた。本当に迷っていたんだ。だが、彼は忠誠心に厚い人間だったし、私に、『いいかい、僕は契約書にサインしたし、義務を果たすと約束したんだ』と言っていたよ。
デニス：レース後の夜でさえ、彼はまだ迷っているようだった。私にはアイルトンが忠誠心と格闘しているのが見てとれたよ。我々はプジョーエンジンでは悲惨な経験をすることになったが、あの時点では彼に1994年からプジョーのファクトリーエンジンを手に入れられると伝えていた。それは彼が去った後だったがね。彼は私に、もし私がその契約を2か月前に結んでいたならチームに残っただろうと言っていたよ。彼はファクトリーエンジンなしに勝つことはできないと考えていたからね。
■セナがこれまでで最高のF1ドライバーだと考える人が多い理由について
デニス：それは、彼が生きていた間ずっと非常に強いドライバーであり続けたからだと思うよ。私は彼が事故で命を落としたことがよかったと言っているわけじゃない。だが、そのことで彼の力が衰えていくところは見ずにすんだ。F1に長くとどまりすぎて名声を曇らせてしまったドライバーもたくさんいるがね。
デニス：それに、彼が信じられないほどの競争力を発揮していたことが記憶に残っているのだと思う。彼は偉大だった。だが、彼は人間としても素晴らしかったよ。彼はその人生でいくつかの過ちも犯した。だが、彼は信じられないほどの信念を持っていた。そして、彼はいい人間だったよ。
