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フェリペ・マッサ「もし2008年にチャンピオンになっていたら」

2012年07月06日(金)10:23 am

2008年のタイトルを目の前で逃したフェリペ・マッサ(フェラーリ)は、もしあのときチャンピオンになっていたらパドックでの扱いが違っていただろうと話している。

マッサの母国ブラジルで行われた2008年の最終戦、ドライバーズランキング2位のマッサがチャンピオンになるには、優勝あるいは2位でゴールし、かつライバルのルイス・ハミルトン(マクラーレン)が6位以下でゴールすることが条件だった。そして、マッサがトップでゴールしたとき、ハミルトンは6位を走行していた。ハミルトンがゴールするまでの十数秒間で順位が変わらなければ、マッサがアイルトン・セナ以来のブラジル人チャンピオンになるはずだった。しかし、最終ラップの最終コーナー直前で、4位を走行していたトヨタのティモ・グロック(現マルシャ)がスローダウンし、グロックを抜いたハミルトンが5位に浮上。誰も予想し得ない劇的な展開で、2008年F1ワールドチャンピオンの称号は、ハミルトンの手に渡った。

あの日、表彰台の真ん中で悔しさを押し殺していたマッサは、自分がチャンピオンになっていたら、成績不振に陥っても今ほどバッシングを受けていなかっただろうと話す。「もしあのレースのラスト17秒が違っていたら、きっと変わっていただろうなと思うのは、報道陣からの敬意だね」

チームがクルマを改良するまで、マッサの成績は低迷が続いていた。そのため、報道陣はたびたびマッサの解雇説を報じていた。

「たとえば、自分が望むような結果が出ていないことで報道陣から冷たい扱いを受けていたとしても、もし僕がチャンピオンだったら今よりももう少し敬意を払ってもらえていたんだろうな、と思うね」

このところいい結果が出せていなかったマッサが復活の兆しを見せたのは、彼自身ではなくチームが2012年型車F2012に施したアップデートのおかげであるようだ。

「モナコGPのときから、クルマをずいぶん改良したからね。シルバーストン(イギリスGP/7月8日決勝)では、表彰台争いのチャンスもあると思う」

また、フェラーリドライバーとして7年目のシーズンを迎えたマッサは、赤いクルマのレースドライバーに特有のプレッシャーへの対処方法も学んだと話している。

「フェラーリには毎年、誰か新しい人が入ってくる。2人以上のドライバーがフェラーリに入ってくる年だってあるんだ」

「特にそのことを考えているわけでもないし、心の奥に秘めているわけでもない。移籍した最初の年はそうだったかもしれないけれど、その後は状況を理解できたからね。気にしてないよ」とマッサは語った。

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